おおつごもりも近付く師走の雑踏の中、天膳は秋葉の原にいた。かつて江戸を日の海にした振袖火事を出した火元は、現在の佐久間町のあたりと言われている。甲午火事の火元も佐久間町であった。光なる「でうす」の宿敵の名をもってその町を呼ぶものもいた。
「なんとも面妖な気が漂うはそのゆえか?」
天膳は秋葉の原の店で軸受け鋼球を買うと、将軍が上野寛永寺に向かう「御成り通り」を歩いた。
道すがら、欧羅巴の御女中のいでたちに猫耳付けたる奇怪な茶屋むすめたちが客を引いている。
「さて、かくも異様なる光景かな。これは鍋島のいわく因縁であろうか?かかわりあわぬことだ。」
天膳は歩を早めた。暮れ六つまでに三恵比寿屋ののれんをくぐらねばならぬ。
このあたりにくるときはいつもせわしない。「つばめ湯」なる湯屋があるのだが、いまだに入ったことはなかった。
「大八車の車輪をもって番台の前を通るは心苦しい。かといってしゃぼんの香りをさせて三恵比寿屋ののれんをくぐるのはいかがなものか?」
五層楼閣の四層へゆく伴天連の仕掛け、垂直移動忍び部屋のなかで主の坂衛門と一緒になった。
「いや、天膳殿の髭はじつにたいへん立派に生えておられる。いつから生やしはじめたのでござるか?」
「なに、昌平校をいでしあとより生やし始めたが、一度厭きてそり落としたことがある。そうしたところが、蕎麦屋の親爺にまで、何か足りぬ気がすると言われ、今に至っておる次第じゃ。」
「ははは、天狗に髭はつきもの。なければ足りぬは道理かもしれませぬな。」
番頭、箱を手渡し、
「倉庫をすみからすみまで探しましてござりまするが、この部品は五つはなく、一ケのみでございました。今日のところは、これに関しましてはご堪忍くださいまし。」
「うむ。やむおえん。これには恵比寿様の残り物の福が憑いているに相違ない。して、ほかのものはいかがでござろうか。」
「そろえてございます。ご確認くださいまし。」
「かたじけない。調べるにはおよばぬ。封をしてくれ。」
そのまま歩いて天膳は、同士と密かに待ち合わせるのに使う茶屋へ向かった。
店内は静かだった。かすかに「じゃびえる和尚」と「ふろいす和尚」がもちこんだ天主教の「でうす」を讃える歌が流れていた。もうすぐ伴天連の祝日が近い。この茶店もまた「邪宗の流れをくむ」やいなや?たしかに部屋の中には西洋の彫像や色硝子窓がある。「邪宗門」の朋輩といっても通じるやも知れぬ。
「この音曲は羅馬のものでも亜米利加のものでもない。英吉利の聖公会で歌われるものだ。あらめでたや。かんたべりい大司教万歳。」
部屋の隅に同士がいた。
「久しいのう。いかがでござるか。」
「うむ。拙者はだいじないが、双輪界は荒れておるな。御貴殿が良く知っておった猛瑠頓卿が逝去されたそうではないか。ひとつの大きな集まりの頭領の死は、かなりの影響をだすであろうな。」
「猛瑠頓卿はしかしご高齢であったから、むしろ大往生と言ってよかろう。悲愴な感じはせぬ。天寿をまっとうされたといってよいだろう。おぬしはどういたしたのだ?知らせに気落ちして『きりえ・えれいそん』でも唱え『みぜれれ』と南蛮寺ででうすさまに呼びかけておったのか?」
「いや、それほど親しくはござらぬ故、世の移り変わりの無常を感じていたのみ。」
「ただひとつ、卿の城はこれで共同管理下にはいるのだが、その筆頭人はゆだ耶の人であるな。甥ではない。なぜか双輪界にはこのところ良く聞く話だ。」
「まことでござるか?御血筋の甥ではないと申されるか?」
「さよう。そのように余は聞いておる。」
「一時代の終わりでござるな。」
「卿の最後は平和であったようだ。自らがあの地に根を下ろしているゆえ、村人たちから浮き上がらぬよう、自らの最後も南蛮寺にまかせようと、村の寺から住職を屋敷に何度か呼んで話し合いをしておったようだ。亡くなる数日前も、伝統にのっとってその住職を呼び寄せていた。住職と言うのは尼僧であった。」
「さすが天膳殿、そこまでご存知か。」
「天狗は千里眼、地獄耳をもち、眷属数知れずおるゆえ、驚くにはおよばぬ。卿はまこと、世にも稀な長者の幸福な人生を送ったと言うべきであろう。」
天膳は表へでて同士と別れると、不忍池のほうへ歩いた。すれ違うのは碧眼に大理石の肌の大国露西亜のおなごばかり。亜米利加の旅客はいない。世の趨勢は移ろう。ほかは我が国の身なり汚き『かぶきたる若人』ばかり。亜米利加国では伝馬船送りになった者が首をくくらぬよう、お取調べの時に腰の紐と帯を取り上げられる。以来、彼の国の無宿人、袴の帯をせず、袴を膝でとめ、貧民窟の往来を闊歩した。それにまねぶとは笑止。この国の未来もあやうい。
抜けて通った楽市では蟹が安い。ひもをかけた大きい一匹が1000文。鮭も安い。しかし、天膳は何も買わず、不忍池の弁天堂を眺めに行った。
「人生の道行きとは、所詮、あの弁天堂へ辿りつくまでの、泥の池を行くようなものかもしれぬ。途中蓮が咲いているのも無数見るかも知れぬが、その歩みはたやすくない。浮橋をゆけば、蓮の悟りとは無縁だろう。」
きびすを返し、神田明神へと夜の道を歩いていった。