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エリザベス朝

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私はエリザベス朝というのは、あらゆる面で特別な時期、数百年に一度の時期であったと思います。

ビートルズばかりでなく、あらゆる文化・芸術の上である意味全盛期であったと思う。

アメリカもこのエリザベス2世時代と平行して栄華をきわめたわけですが、数百年の時間のレンズを通してみると、アメリカはその栄華の期間に冷戦、中東政策、ヴェトナムなどで抜きがたい禍根を残したように見えるのです。1950年ごろにアメリカは世界の金の40%ほどを所有するほど豊かであったわけですが、それが60年代のヴェトナム戦争を境に急激に影が薄くなってゆく。70年代に入ると公害の問題も出てくる。それでもアメリカでは大型車はなくせず、大量エネルギー消費型社会から抜け出せませんでした。そのあいだに世界各地での紛争にかかわって、どんどん評判が悪くなって行った。

日本はそのアメリカへ追随するカタチで、アメリカの文化にどっぷりひたってきました。

第二次世界大戦のあとから、60年代を通じて、アメリカは日本のテレビやラジオの放送枠を買い、日本をアメリカの友好国としてキープするために、アメリカの音楽やファミリードラマを流していました。それらの比率は今の「はんりゅー」どころではありませんでした。

「ローハイド」とか「ララミー牧場」とか「バットマスターソン」とか「バークレー牧場」とか、今から考えると、日本は世界でも稀な西部劇をのべつ毎週放送していた国です。また、「バークにまかせろ」とか「グリーン・ホーネット」などが毎週放送され、それらのドラマのなかでは「アジア人の召し使い」(バークにまかせろ)とか「アジア人の運転手」(グリーンホーネット)がでてきました。

「エリオット・ネスとFBI」とか警察ものも多かった。カウボーイのように馬に乗って都市のど真ん中にあらわれる「警部マックロード」なんていったい日本人にとって何が面白かったのか?

そして「ドクター・キルデア」とか「ベン・ケーシー」とかでアメリカの倫理とか宗教観が流され、多くの「パパ大好き」のような番組でアメリカの模範的家族観が示され、「ルーシー・ショー」だとか「じゃじゃ馬億万長者」などでアメリカの笑いが紹介される。テレビ番組で流される音楽はモンキーズだったりエンゲルベルト・フンパーディンクだったり、トム・ジョーンズだったり、ジョン・デンバーだったり。

これらの日本で紹介された音楽の人たちは、ビートルズなどに較べると「無色透明な、政治的な色彩はほぼまったくない」ことがわかります。

知らず知らずのうちにそういう風に刷り込まれている。ファッションは「アイビー」ですが、これはアメリカのエリート校のアイビーリーガーたちや、その女子校版のセヴンシスターズたちの「服装コード」です。しかし、実際はそういう大学を卒業していない多くの日本人が着るわけです。

こういう流れは現代の日本の雑誌を眺めてみると、そういう「洗礼を経てきた団塊世代の主導」で、いまだに濃厚に、アメリカ型文明へのあこがれが引き継がれているのが見て取れます。

うちでは祖父が英国に住んでいたことがあった関係で、父も、そのあたりには敏感でした。私がアメリカのテレビ番組を見ていると「そういう鼻持ちならないアメリカ優越主義、白人優越主義の番組を見るな」と言われたものです。たしかにバークにまかせろなどでも、東洋人は風采の上がらないまぬけな役でしか登場しませんでした。

しかし、ごく稀に、東京12チャンネルあたりがヨーロッパ映画をやっており、どこのテレビ局か忘れましたが、英国の「セイント」などをやっていました。それはアメリカの警察ものよりはるかに面白かった。

やがてビートルズ解散で、ジョン・レノンがメッセージ性の強い曲を出したりすると、「ああ、本家英国のものは、モンキーズなどのアメリカのグループサウンズとはまるで違うんだ」とこどもながらに痛感した記憶があります。

あの時期、60年代の英国は、どうしようもないポンド高で輸出がまったくできない状況でした。しかし、ポンドは外国ではものすごく使いでがあったので、ビートルズ世代はインドやアフリカ、アジアへと旅行をしたものだったと言います。英国でのヒッピー世代にはそういう背景であらわれた。

そのポンド高が不況をながびかせ、サッチャーとダイアナ妃があらわれるまで、ゆるやかな下り阪を下った英国でした。

私はあの不況時代の英国はひとつの「スタイル」を生み出していると思うのです。たぶん、それ以前の英国では「cheap chic」というようなものはさして流行らなかったと思うのです。古い雑誌を見ても、まずそういうものにはお目にかかれません。また、古い書籍に出てこないものは「C&N」つまりCheap & Nastyという単語。これは今の日本にアジアからの安物が蔓延しているように、当時の英国でも店頭で英国製の物を探すのが難しいほど、アジア製の布物が多かったのを覚えています。

私が英国へ行ったときお世話になった人たちは、その時代の中心人物世代たちでした。実に独特な面白い人たちだった。その上のエドワード朝世代、ジョージ王朝世代とはあきらかに、国が違うのではないか?と言うくらい違う。

そんなことを書いたのは、昨晩英国の友人から電話がかかってきたからでした。

「オリンピック期間中、ちっとは英国へ来るかと思ったんだ。」
「いや、行く暇ないな。官邸前の原発再稼働反対のデモにいったりしてるしな。」
「That is fantastic ! オレもこのあいだデモへ行って捕まったぞ。しかも捕まったのはオレ一人だ、すごいだろう?」
「何のデモさ?」
「古い原発をリビルドするとか言うのがあって、それに反対するデモだ。そこにあった看板を引きちぎったんで、85ポンドの罰金を科せられた。払ったんだが、同情されたんだか、なんだか、こっちの銀行口座に振り込んで払い戻してきた。これもまた良い話の種だろう?今度会ったとき話してやるよ。」

看板ひきちぎるったって、四捨五入すれば80歳ですから。

彼は最近まで、特異な才能が買われて、青少年の更生施設のカウンセラーや、ひきこもりなどの相談相手をやっていました。昔だったら海賊船の船長のような男。「不況の荒波を乗り切る不思議な方向感覚とユーモア」というのでしょうか。そこにさらに反骨がからんでいる。

どういうものだか、英国では彼の世代にはそういうのがよくいますが、彼の世代から私と同じ年ぐらいまではまばらにいる。私より4歳若いと、もうまったく一人もそういうタイプはいません。

エリザベス朝のひとびとも絶滅危惧種だと思います。

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