私が学生の頃、キャッシュにつまると古本やLPを売りに行った。場合によっては腕時計を質屋へということもやった。その当時は分不相応な高級カメラなどを無理して買って、もちきれなくなって質入れしたりしていたわけですが、今の学生はどうしているのかな?と思う。
いまどき、古本だとかレコードなど売りに行ってもひとつ数円、数十円だからしのげないだろう。
あの時代、太田黒元雄のサティやストラヴインスキーのことが出てくる本が1万円ぐらいだった。売りに行くと6500円ぐらいで買い取ってもらえた。当時の学生にとっては大きい金額だ。そういうのを5冊ぐらい持ってゆくと、一気にホッとできた。似たような貧乏学生の仲間を、高田馬場の今はない喫茶店、アインだとからんぶるに呼び出していた。
それでも、高校生時代に500ccのバイクを持っている奴もいた。大学へ行くと軽自動車とかパブリカとか、余裕のあるのはMGぐらいは持っていた。モノに使わない若者は見聞を広めようと、キャンピング車で全国を巡ったり、海外へ出かける者も多かった。いまの若者はほんとうにお金を持っていない。また、世の中が稼げない風になっているのではないか?
あの時代、むさぼるように本を読み、早く大人になりたくて仕方がなかった。チャンドラーとかダシル・ハメットの中の人物のように酒を注文し、シブい大人になるのにあこがれた。服装も、ブレザーのえりのスティッチとかシャツのボタンにまで凝った。
金は限られていますから、高価な本はノートに筆写して、写しを取ってから売った。それで何をやっていたかというと、ツィード・ジャケットにフラノのズボンで、ロシア料理のボルガなどへ行っていた。あの天井が高くちょっと重い感じのインテリアが、ロシアから愛をこめてのボンド映画の雰囲気に浸らせてくれたのを覚えている。
私は若者が貧困のうちに沈んでいる社会というのに未来はないと思う。人材が育たないんだから。
何十人か、何百人かの若者の貧困の上に富を築く連中はろくでもない。今の日本、そういうタイプが増えてきた感じがする。
いまどき、古本だとかレコードなど売りに行ってもひとつ数円、数十円だからしのげないだろう。
あの時代、太田黒元雄のサティやストラヴインスキーのことが出てくる本が1万円ぐらいだった。売りに行くと6500円ぐらいで買い取ってもらえた。当時の学生にとっては大きい金額だ。そういうのを5冊ぐらい持ってゆくと、一気にホッとできた。似たような貧乏学生の仲間を、高田馬場の今はない喫茶店、アインだとからんぶるに呼び出していた。
それでも、高校生時代に500ccのバイクを持っている奴もいた。大学へ行くと軽自動車とかパブリカとか、余裕のあるのはMGぐらいは持っていた。モノに使わない若者は見聞を広めようと、キャンピング車で全国を巡ったり、海外へ出かける者も多かった。いまの若者はほんとうにお金を持っていない。また、世の中が稼げない風になっているのではないか?
あの時代、むさぼるように本を読み、早く大人になりたくて仕方がなかった。チャンドラーとかダシル・ハメットの中の人物のように酒を注文し、シブい大人になるのにあこがれた。服装も、ブレザーのえりのスティッチとかシャツのボタンにまで凝った。
金は限られていますから、高価な本はノートに筆写して、写しを取ってから売った。それで何をやっていたかというと、ツィード・ジャケットにフラノのズボンで、ロシア料理のボルガなどへ行っていた。あの天井が高くちょっと重い感じのインテリアが、ロシアから愛をこめてのボンド映画の雰囲気に浸らせてくれたのを覚えている。
私は若者が貧困のうちに沈んでいる社会というのに未来はないと思う。人材が育たないんだから。
何十人か、何百人かの若者の貧困の上に富を築く連中はろくでもない。今の日本、そういうタイプが増えてきた感じがする。