30代、40代まではけっこうEscapismを楽しんでいました。これは現実逃避。親が年老いて、東京を長期間留守に出来なくなってから、もうずいぶんそういう機会がなくなった。
ひと仕事終えて、シャワーを浴び、さっぱりと着替え、かつては王女の居城だったホテルの庭へでる。もう毎晩の話。噴水があって、それが気温を少し冷やしている。と言って、イスファハンですから酒はない。
べっこうあめのような砂糖が付くお茶と、水煙管。超高級ホテルですから、ほかの長逗留している客もけっこうなお金もち。いつのまにか友達になり、毎晩雑談。
ボンド映画で、彼がそういうホテルでバーに行き、「Shaken, not stirred.」などと言っていると、そういうことをふと思い出す。
これは客船のクルーズで、乗客同士が友人になるのに似ている。
そういう場所は、世界中どこへ行っても必ずあった。かつてのシンガポールのラッフルズの旧本館などもそういう場所でした。
ウィーンにもエクスにもフィレンツにもそういう場所はある。もちろん英国にも。
そういう場所があると、人生に「ハリ」が出ます(笑)。運動してかっこよく絞りこもうとか、今度はロンドンで麻のスーツを作ってもってこようとか。また、だいたいそういう努力は報われる。
そういうところの先にはクルマもあるでしょう。つい最近聞いた話。モナコの有名な場所にWOベントレー時代の4.5リッターで乗り付け、ベルボーイにカギを渡したら。「ムシュー。どうか動かさないで下さい。いつまでもそこへ置いておいてください」と言われたそうな。男冥利に尽きる。
東京はどうかな~。ここ20年でけっこうそういう場所はなくなった気がする。
あまり張り合いがない。どんどん野暮くなる(笑)。
ある時、女友達に言われた。
「外国へ出かけなくなったR&Fさんって、、、ただのオジサン???」
よく言うよ、「余計なお世話だ」と思ったが、久しぶりにウィーンへ行った時、昔のドイツ人の彼女に会った。
「なんだか、会うたびに悪くなっている感じがする。ホントよ。緊張の糸が切れたんじゃない。」
「うるせーな。これでいいんだ。中身は磨きを増してるんだ。」
たしかに、これほどみんなに言われると言うことはそこに真実があるのかもしれない。
昔は、私は人にもらった服を着るようなことは絶対になかった。特にタイは自分で選んだもの以外はしなかった。シャツも同じ。
それがいまや、親戚の者が「安かったから買っといてあげたわよ」とか言って単黒のシャツとか買ってくる。
「いいよ。オレは単黒はきらいなんだ。」
「シャツなんかは数なんだから。」
押し切られて憮然として着ている。
夕方になると、単黒のシャツにサンダルはいて『ねこまみれカフェ』とか、『ド・インド屋』へ。う~~~ん。堕落したな、としみじみと思う。
都心へ出たところで、Escapismを満たしてくれるところはほとんどない。
いや、長野や京都に行ってもそういう場所は思いつかない。たぶん、「場所に対する考えがまるで違う」のだと思う。どこまでいっても、この国では「店」と「金を落としてくれる客」の関係で、「場の提供者」という意識がないのではないか?
オリンピックの前に、そういうキりッと緊張感高まる、日常を切り離してくれる場所が増えることを期待していますが、難しいのかな。
ひと仕事終えて、シャワーを浴び、さっぱりと着替え、かつては王女の居城だったホテルの庭へでる。もう毎晩の話。噴水があって、それが気温を少し冷やしている。と言って、イスファハンですから酒はない。
べっこうあめのような砂糖が付くお茶と、水煙管。超高級ホテルですから、ほかの長逗留している客もけっこうなお金もち。いつのまにか友達になり、毎晩雑談。
ボンド映画で、彼がそういうホテルでバーに行き、「Shaken, not stirred.」などと言っていると、そういうことをふと思い出す。
これは客船のクルーズで、乗客同士が友人になるのに似ている。
そういう場所は、世界中どこへ行っても必ずあった。かつてのシンガポールのラッフルズの旧本館などもそういう場所でした。
ウィーンにもエクスにもフィレンツにもそういう場所はある。もちろん英国にも。
そういう場所があると、人生に「ハリ」が出ます(笑)。運動してかっこよく絞りこもうとか、今度はロンドンで麻のスーツを作ってもってこようとか。また、だいたいそういう努力は報われる。
そういうところの先にはクルマもあるでしょう。つい最近聞いた話。モナコの有名な場所にWOベントレー時代の4.5リッターで乗り付け、ベルボーイにカギを渡したら。「ムシュー。どうか動かさないで下さい。いつまでもそこへ置いておいてください」と言われたそうな。男冥利に尽きる。
東京はどうかな~。ここ20年でけっこうそういう場所はなくなった気がする。
あまり張り合いがない。どんどん野暮くなる(笑)。
ある時、女友達に言われた。
「外国へ出かけなくなったR&Fさんって、、、ただのオジサン???」
よく言うよ、「余計なお世話だ」と思ったが、久しぶりにウィーンへ行った時、昔のドイツ人の彼女に会った。
「なんだか、会うたびに悪くなっている感じがする。ホントよ。緊張の糸が切れたんじゃない。」
「うるせーな。これでいいんだ。中身は磨きを増してるんだ。」
たしかに、これほどみんなに言われると言うことはそこに真実があるのかもしれない。
昔は、私は人にもらった服を着るようなことは絶対になかった。特にタイは自分で選んだもの以外はしなかった。シャツも同じ。
それがいまや、親戚の者が「安かったから買っといてあげたわよ」とか言って単黒のシャツとか買ってくる。
「いいよ。オレは単黒はきらいなんだ。」
「シャツなんかは数なんだから。」
押し切られて憮然として着ている。
夕方になると、単黒のシャツにサンダルはいて『ねこまみれカフェ』とか、『ド・インド屋』へ。う~~~ん。堕落したな、としみじみと思う。
都心へ出たところで、Escapismを満たしてくれるところはほとんどない。
いや、長野や京都に行ってもそういう場所は思いつかない。たぶん、「場所に対する考えがまるで違う」のだと思う。どこまでいっても、この国では「店」と「金を落としてくれる客」の関係で、「場の提供者」という意識がないのではないか?
オリンピックの前に、そういうキりッと緊張感高まる、日常を切り離してくれる場所が増えることを期待していますが、難しいのかな。