天善は桔梗門を眺め、堀沿いに歩いて平手門より本丸へ向かった。
「みごとな造りじゃ。『あのう衆』の組みたる巨石は印華帝國のまちゅぴちゅの石組みにも負けぬ。」
ゆるやかに分れたる道は二つの方向へ場内に流れ込んだ敵を分断し、それをさらに分断して四つにする。その切り離した敵軍勢をはさみ撃つ櫓と後方より攻める。
「これはかなうまいな。まさに不落のつくりじゃ。」
西洋諸国の列強のものたちが来た時、桃山時代の日本國をみて、その文化水準の高さ、武士たちの諸技術の異常なまでの完成度、その高さ、名城の多きこと、それらを眺め見て、「これは我等の技術力と装備をもってしても勝ち目は薄い」と判断し、戦略を変えた。
これは他のいかなる国にもなかったこと。あの強大な印度や清朝ですら西欧諸国の家来に成り果てたことを考えれば、いかに我が国が彼らを『文化的洗練で圧倒したか』、これは、歴史に類を見ない。
『ばあみゅうだ』をはじめとする島々では住民があの時代、根絶やしにされたことを考えてみるとよい。みかねた南蛮寺の僧侶たちが『あまりにひどい』と嘆願書をばちかんへ書いている。
じゃびえる僧正もふろいす僧正も、「これほど立派な城や宮殿は欧羅巴にもない」と書き留めた。
一方の信長公は、高価なる置時計を献上されたが、自分はそのようなものは手入れができず壊してしまうだろう、と受け取らず、彼らに付き添いたる黒人を貰い受けたいと語り、その黒人は「やすけ」なる名を与えられ、信長公にずっとつきそっていた。その真意やいかに?天善は考えた。
「おそらくは、信長公は、『なぜかくも屈強な兵士が捕らえられ、牛馬のごとく使役に使われているのか?』その背景を知りたかったのあろう。なればこそ、一人をもらいうけ、彼らが見聞きしたすべてを聞きだし、いすぱにあ國の悪行を知ったに相違ない。まこと信長公は聡明な方でござった。そこで情報のために先端技術の時計より黒人家来を望んだ慧眼はなみのものではない。同じ状況に置かれた現代の者たちのうち、何人が家来を引き受け『状況判断』を優先するであろう?99.9%の者が『技術の結晶の珍品』に目がくらむのではないか?」
本丸の上から、その現代珍品、電子万能印籠で、若者が十人ほど十個の印籠を空に捧げ、写真を撮っていた。