私が会社員になりたてのころ、私は通勤時間、片道2時間10分~15分でした。私は一生の通勤時間をあの時期に前払いした、と思っています。
まあ、英国へはこれからはそうちょくちょく行っていられないし、どうやって英語力をキープし、かつ上昇させるか?というのがあの時期の最大の課題でした。
あの時代、ウォークマンもipodもまだありませんでした。しかし、ナショナルがモノラルの会議録音用の小型テープレコーダーを売っていました。だいたいコンサイスの辞書の1.5倍ぐらい。今の機材からすると大きいですが、当時としては最新鋭。ステレオでないので、ケーバオヤジ、キョーテーオヤジのようにイヤフォーンで聞いていました。
私が昼休みもそれを持ち歩いているので、上司たちが不思議な顔で、
「R&F君はなんでいつも肌身離さず、それを持って歩いているの?」
とよく訊かれました。
「いえ、まあ、『ナマラナイように、刀の素振り』をしているようなモンです。」
発明王エジソンは晩年大真面目で、「冥界ラジオ」を開発していました。あの世の人と交信するといって。私のカセットテープは、聴くことの出来ない英国の放送が鳴る「英国通信ラジオ」だったわけです。
私が英国でお世話になった、ショークスピア劇の女優さんが当時、不景気な英国で低空飛行をしていた関係で、ある日、国際電話をかけ、BBCのラジオ番組の面白いのをかたっぱしからテープに撮ってもらえないか?と頼んだのでした。君がいつも聞いている番組でいい、と。
どうせ日本で会話学校にお金を払っても、レベルが合わないのは眼に見えている。いまさらアメリカ英語に染まるのも嫌だ、と毎月彼女に数万円送金して、彼女はカセットテープを毎月1~2回せっせと送ってくれました。
今みたいに、インターネットでラジオが聞けるような世界ではなかったので、この「秘法」は当時の英語関係者を決定的に抜き去るのに効果がありました。
クリスマスに英国へ戻ると、
「不思議だ。オマエもう日本へ戻ったのに、英語がどんどん進歩して上手くなっている。なぜだ?」
「発酵がすすんだのか、熟成がすすんだのか。もう少したつとオリが出るか、酢になるかもしれない。」
「いや、お前が学生の頃はそんなことは英語で言わなかった。やりとりまで英国っぽい。これはミステリーだ。」
と言われました。
毎日、4時間半電車の中でBBCの番組を聞き、昼休みに1時間聞き、帰りがけに喫茶店でペーパーバックの英語本を読みながら珈琲を飲んでいたので、東京にいながら、もう英国にいるのと同じでした。
毎日5時間以上英語を聞いていて、それが月に二十数日。一ヶ月に100時間以上。1年間に1500時間ほどでしょうか。それを数年間やっていたら、もう高校・大学で普通にやる英語の時間数でいったらたいへんなことになります。一生かかってもその差は通常詰められない。
今は持ち歩く音源機材が小さいので、私の時代よりはるかに楽なはずです。それなのに、なぜ、国語をおろそかにしてまで小学生時代から英語なのかわからない。
素材は私の頃のようにカセット・テープへの録音を頼まなくても、Youtubeなどにいくらでも教材はころがっている。
しかし、デジタル時代になって、なんとも味気なくなりました。定期的にとどくカセットテープに書かれた手描きのタイトルがじつに人間味があった良い時代であったと思えます。
若い人たちには、どんどん英語を聞くことをお薦めします。
まあ、英国へはこれからはそうちょくちょく行っていられないし、どうやって英語力をキープし、かつ上昇させるか?というのがあの時期の最大の課題でした。
あの時代、ウォークマンもipodもまだありませんでした。しかし、ナショナルがモノラルの会議録音用の小型テープレコーダーを売っていました。だいたいコンサイスの辞書の1.5倍ぐらい。今の機材からすると大きいですが、当時としては最新鋭。ステレオでないので、ケーバオヤジ、キョーテーオヤジのようにイヤフォーンで聞いていました。
私が昼休みもそれを持ち歩いているので、上司たちが不思議な顔で、
「R&F君はなんでいつも肌身離さず、それを持って歩いているの?」
とよく訊かれました。
「いえ、まあ、『ナマラナイように、刀の素振り』をしているようなモンです。」
発明王エジソンは晩年大真面目で、「冥界ラジオ」を開発していました。あの世の人と交信するといって。私のカセットテープは、聴くことの出来ない英国の放送が鳴る「英国通信ラジオ」だったわけです。
私が英国でお世話になった、ショークスピア劇の女優さんが当時、不景気な英国で低空飛行をしていた関係で、ある日、国際電話をかけ、BBCのラジオ番組の面白いのをかたっぱしからテープに撮ってもらえないか?と頼んだのでした。君がいつも聞いている番組でいい、と。
どうせ日本で会話学校にお金を払っても、レベルが合わないのは眼に見えている。いまさらアメリカ英語に染まるのも嫌だ、と毎月彼女に数万円送金して、彼女はカセットテープを毎月1~2回せっせと送ってくれました。
今みたいに、インターネットでラジオが聞けるような世界ではなかったので、この「秘法」は当時の英語関係者を決定的に抜き去るのに効果がありました。
クリスマスに英国へ戻ると、
「不思議だ。オマエもう日本へ戻ったのに、英語がどんどん進歩して上手くなっている。なぜだ?」
「発酵がすすんだのか、熟成がすすんだのか。もう少したつとオリが出るか、酢になるかもしれない。」
「いや、お前が学生の頃はそんなことは英語で言わなかった。やりとりまで英国っぽい。これはミステリーだ。」
と言われました。
毎日、4時間半電車の中でBBCの番組を聞き、昼休みに1時間聞き、帰りがけに喫茶店でペーパーバックの英語本を読みながら珈琲を飲んでいたので、東京にいながら、もう英国にいるのと同じでした。
毎日5時間以上英語を聞いていて、それが月に二十数日。一ヶ月に100時間以上。1年間に1500時間ほどでしょうか。それを数年間やっていたら、もう高校・大学で普通にやる英語の時間数でいったらたいへんなことになります。一生かかってもその差は通常詰められない。
今は持ち歩く音源機材が小さいので、私の時代よりはるかに楽なはずです。それなのに、なぜ、国語をおろそかにしてまで小学生時代から英語なのかわからない。
素材は私の頃のようにカセット・テープへの録音を頼まなくても、Youtubeなどにいくらでも教材はころがっている。
しかし、デジタル時代になって、なんとも味気なくなりました。定期的にとどくカセットテープに書かれた手描きのタイトルがじつに人間味があった良い時代であったと思えます。
若い人たちには、どんどん英語を聞くことをお薦めします。