Quantcast
Channel: 英国式自転車生活
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3751

アレックスをめぐる回想6

$
0
0



そのコラボレーション・モデルですが、アレックスは最初、それが大ヒットして、もう一度「波にのる」ことを期待していました。ところが、ほかならぬ自分の礼賛者たちがそれを潰しにかかってきた。パシュレーとの関係すらギクシャクしていました。さらなる追い討ちは、当初、そのモデルはBD-1と同じ価格で売られることをアレックスは期待していました。
「同じ価格帯で売られれば、乗り較べてみて、みんなワシのを買うに違いない。」
と自信満々だったのです。ところが社長交代が入り、最終的にそれより上の価格帯の商品とされることになりました。モールトンの高級ブランドイメージがあるので、高価格車としてマーケットへ投入したほうがよいという判断でした。アレックスはこれをたいへん残念がっていました。

アレックスはその頃、「ちょっとこっちへついて来てくれ」と屋敷のはずれのカヌーの船着場のところへ私を案内してくれました。そこは少年時代の彼が物を作る『工作』をはじめて教わった場所でもあったのです。
「もし、の話だが、これは文字通り『BIG IF』だが、今度のモデルがローンチしたあと(発売されたあと)大当たりしてうまく行ったら、ここに新しいミュージアムを作ろうと思っている。そして、屋敷のほうは次世代の若者に、デザインとエンジニアリングを教えるコレッジにしようと思っている。」

残念ながら、大ブレイクせず、これは挫かれてしまった。

以後、アレックスは以前にもまして、エンジニアリング全般に力点を移し、あちこちで若い世代との交流を深めるようになりました。

こういう視点はいままで一度も出たことがないと思いますが、私はモールトン車はイシゴニスのミニ革命の逆をやったと思うのです。

ミニの場合は「英国の階級の区切りと壁を壊した」のです。ロールスに乗る貴族も、一人乗りのバブルカーに乗る貧しい人も同じくミニに乗りかえた。自動車の「階級」の無意味さをスエズ運河の危機による石油不足をきっかけに、大きい自動車の虚しさを教えたと言えるのです。

しかし、モールトンの場合、その価格のはばが、自転車の歴史の中に於いて、あれほど高価格車と廉価版の差が大きかったメーカーは存在しないと思います。一般の「クラシカル・バイク」の場合、たとえば、変速器のグレードをあげれば上級モデルに変わったものでした。それが自転車コンポーネンツの、セールスアフターマーケットの存在意味でもあったわけです。

しかし、モールトンの場合、ステンレスGTを改造してフレクシターにすることは絶対できません。サスペンションも違えば、ホイールサイズすらも違う。その各モデルの階級には越えられない「垣根」があるのです。「お城作り」はどこまでもラインアップの「貴族階級」なのです。

私のところへエイドリアンがフロント・トリプルのモデルをどうか?と言って来たときに、私は一応アレックスに報告しました。そうしたら「それには乗るな」と言われまして「乗るならうちの上級モデルに乗れ」と言われました。

オーナーズ・ミーティングの時、多くの人たちが屋敷のはずれの庭に集まってキャンプをはじめました。THE HALLの前庭だけは仕切りと鉄のゲートがあるので一人も入ってこれない。ジャコビアン期の館のバルコニーにはテーブルが出され優雅なお茶の時間でした。いるのはアレックスとダグ、ウイリアムと私の4人だけ。私はイングリッシュ・ルネッサンス期の貴族の仲間入りをしたような奇妙な錯覚にとらわれたのでした。そして、どこか、自分の中に、ある種類の特権階級になったようなやましさを感じたのです。カリスマに会うのを渇望して、中古のサビだらけのFフレームを買い、雨上がりの地べたへテントを張って泊まるものがいる、そうかと思うと輝くステンレス・フレームを2ドアのロールスロイスに積んでやってくる「白馬の騎士」もいる。アレックスに功績を認められた者は館のなかに泊まり、1千万円級のタペストリーの壁を見ながら、リネンのシーツで眠る。床には博物館級の絨毯が敷かれ、朝食の椅子は80万円はするチャールズ一世時代のケーンバックチェア。

これは「小作農」「ヨーマン」「ジェントリー」「ナイト」「貴族」「ソヴォリン」に、所有している自転車によって見えてしまう気がしました。

その時、じつはアレックスの自転車ほど英国の「クラス・ディヴイジョン・システム」(英国の階級区分け制度)の名残を色濃く反映している乗り物はないのではないか?とふと思ったのでした。

私はなんとも言えないやましい気持ちにとらわれ、その時、アレックスとエイドリアン、両方のオファーを丁重にお断り申し上げた。乗るならばCLASSLESS のBSMを改造しようと思ったのです。

その意味でBSMはその「垣根を壊す可能性を秘めていた」。あれが爆発的にブームにならなかったのがかえすがえすも残念でなりません。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 3751

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>