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Channel: 英国式自転車生活
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狐火の吉兵衛

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くろがねの吉兵衛はある大商人の会合へ出かけていた。

新しい商品の説明であった。吉兵衛は表向きは商人であったが、じつは愛宕天狗の配下の者、事細かに状況を天狗堂の執事に伝えたのであった。

「いや、執事様、もう、ずいぶん世の中変わっちまったもんでございます。」
「さようか。何か目新しいものはあったか?おおかたエレキテルからくりのたぐいであろう?」
「へえ。鎖車をエレキテルで架け替える仕掛けでございました。」
「吉兵衛、あれはな、くさりぐるまの数が増えると、『はがね糸』ではその伸びもあって、うまく調整がゆかぬのだ。諏羅武はたいそうそれで苦しんだ。大きい歯車のほうへ動かすと、小さい歯車のほうへ動かす時に調整がうまくゆかぬ。逆もまたそうなのだ。」
「へぇ、そうでございましたか。あたくしが不安に思ったのは、エレキテル回路が、なんといいましたかな、ほら、カスタム・あいしいとかいうものでございましょう?あれがいかれた古いものは到底直せないでしょうな、そうすると、いつ買い替えるかも彼らの意のままだな、いうことでしょう。」

「吉兵衛、それが『消費の奴隷』というものだ。今の世は、みな大商人の手のひらで踊らされているのだ。エレキテルで動かそうが、はがね糸で動かそうが、お前の幸福は全く変わらない。ハハハ。」
「執事様、もうひとつ聞き捨てならねぇことがありまして、エレキテル車軸が小さく軽くなったとかで、今後は昼間でも後ろに赤い提灯をつけるようにしてゆくと言っておりやした。安全のためだそうでございます。」

「うむ。充分ありそうなことだ。五拾しぃしぃの『いんたぁなる・こんばすちょん発動機』のものでも、提灯をつけているのだから、車輪が二つあるものはすべて昼間でも安全のために提灯をつけると、おかみや悪代官が法で定めれば、堺三兄弟商店は車軸エレキテルで濡れ手に粟であろうな。そうなると、仏蘭西製のエレキテル壺などを付けた彼らに批判的な者たちは、自慢の鉄馬に乗ることもできぬ。そういう不逞浪士も多くは五十から還暦を超えている、一気に滅ぼすつもりなのやもしれぬ。油断は禁物じゃ。」
「恐るべき作戦でございますな。つまりはお代官様とおかみに、ゆくゆくそうした法を整備させてゆこうと?そういうことになるのでございましょうか?」
「余が彼らの立場で彼らのようなこころであるなら、儲けのためにそうするであろうな、不毛な天下布儲じゃ。」

「まったく嫌なご時世だ。なんとかならねぇもんですかね?」
「相手は無尽蔵の富を持つ、天狗堂のような庵の僧兵には歯が立つ相手ではない。」
「時に天狗の旦那はどうしていらっしゃいます?」
「息災じゃ。夜な夜な、あらたなる電子提灯を試作しておられる。」
「そいつは楽しみだ。」

吉兵衛は帰途に就いた、
「おい、吉兵衛。」
「へえ。」
「点滅はいかんぞ。狐火が流れるように行くのだぞ。」
闇の中を別の世界に吸い込まれるように、吉兵衛の赤い提灯を執事は見送っていた。

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