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Channel: 英国式自転車生活
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1トビ2不二3チンドン

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「天善さま。なにか良いことはございましたか?」
「さあて、良いことか。」
「いつも天膳さまにそう訊かれますもので、今日は先手でございますれば。」
「休みとはいえ、仕事に切れ目はない。『縄跳び骨組みの段取り』をし、別のものの『線引き』をする手筈をしておったのであるが、朝めずらしく我が家の前の空をトンビが飛んでおった。これは吉兆だと喜んでおった。さらに光悦の茶碗『不二』を見て、いささか悟るところがござった。あれは天下無二の名品じゃ。手にとってみたいものじゃ。」
「あれはたしか国宝では?」
「いかにも。ああいうものは、写真で見るだけではほんとうのところはわかるまい。」

「それできょうはいつもと違う刻限でご登場なのですね。」
「うむ。職人と線引きのことを打ち合わせての帰りじゃ。しかし、滅多に見られぬものを見たぞ。」
「モノでございますか?」
「いや。『ちんどん』じゃ。角兵衛獅子ならもっとよかったのだが、贅沢はいえぬ。『むしりの浪人』が鉦をたたき、おなごが太鼓を叩いておった。じつによい。これでいてけっこう『ゲン』を担ぐほうでな、ちんどんを見るは吉兆と思うておる。」
「わたくしもずいぶんちんどんは見ておりませぬ。」
「仏蘭西國では硝子を背負うた硝子屋が、英吉利國では煙突掃除が吉兆と言われている。我が國では間違いなく『ちんどん』であろう。」

「どのあたりでご覧になられましてございます?」
「浅草寺に近い辺りじゃ。身なりは古く、しかし音曲は新しいものを古めかしく鳴らしていた。むろん、徳川様の時代に、あのような化学繊維の色はないが、しかし古く見える。また物悲しい哀愁と、陽気さが混在している様子は不思議だ。繰り返し続く旋律はどこまでも人を歩みのままに牽引してゆく。印度、から天竺の『まんとら』にも似て、呪術的ですらある。」
「よいものに出くわされましたことで。」
「まこと。その存在いであらわれたるだけで、衆目をくぎづけし、陽気にさせ、一方でこの浮世の物悲しさも教える。なかなか深い。余の知る限り藤田画伯はあれを絵にしておられた。欧羅巴の『さるたんばんく』にも負けぬ芸能であろう。」

「しかし、天善さま、我々は多かれ少なかれ、そのような哀愁・陽気合い混じったところにおるのではありますまいか。」
「いかにも。あの楽隊の『西洋ちゃるめら』の旋律はあきらかに『すとらびんすきい』のあとに生まれたものであった。あれほどの若さで技量のものとあれば古典をやって育ったに相違ない。それが街頭で『風になって』を独自の旋律でやっている。ある意味、あれほど日本的なものはない。先頭を歩む男は、あくまで裃付けたおさむらいであってはならぬのだ。『むしりの浪人でないとならぬ』、それも二本を落とし差しなどはいかん。それを捨てた浪人のところに意味がある。」
「我々も徳川様の時代に完全にもどるわけにも行かず、完全に欧風になるにはこころに違和感がある、そんなところでございましょうか。」
「それが陽気さだけではじけられれば、申し分ない。本願を果たしたというべきであろうな。同じぶれんどをもう一杯所望いたすとするか。」

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