英国で一番何を学んだか?と言うと「古物の錬金術」だと答えます。
英国人はこれがじつに上手い。イタリア人もそうとう上手いですが、英国人のほうが上手い気がします。
長年このブログを訪問されている方はお気づきと思いますが、私は懐中時計でも家具でも掛け時計でも、何でも壊れているものを安く買って直しています。
「本当はものすごく良いものなのに、修理されていない、無理解な持主によって壊されている」そういうものを激安で買って、Tip top コンディションへもってゆく。自分でそれをやる場合もあるし、自分ができない部分は熟練の人にまかせる時もあります。
家具でもなんでもそれをやる。じつはしばらく自転車を離れ、そっちのほうをメインの副業にしていた時期がありました。木工のほうの工具などもひととおり持っています。一時期、製本をかなり英国で教えてもらって、そっちのほうもやろうかと思ったこともありました。
「一生の間に稼げる金額は有限」ですから、通常なら絶対手が出ないものをその手で入手することが可能になります。
また、そうやって修復したもののほうが良くなる場合も少なくないのです。
英国の紅茶はだいたい2種類の紅茶をベースにブレンドされている場合が多いのですが、慣れてくると、自分がその場で即興的に混ぜて、その時飲みたい味にすることができます。
舌がしまるようなスッキリとした味にしたければセイロンを多めに。まったりとしたまろやかさで、深みのあるフルボデイの紅茶にしたければケニヤを多めに。香り高く、透明感があって、気分がしゃっきりするようなフルーティーな味とフレイヴァーにしたいときはダージリンを多く。
小説「チップス先生さようなら」には、生徒の前で紅茶をブレンドする様子が描かれています。
そんななか、紅茶を保管するティーキャディーが欲しいと大学時代思っていました。ところが、英国で紅茶が飲まれ始めた全盛期のジョージアン期のつくりのいいもので、コンディションが良いものは、当時50万円以上しました。「紅茶入れに40~70万円出すのはいかがなものか」と、ロンドンの老舗ノーマン・アダムスの店などで指をくわえてヨダレをこらえていた(笑)。
ティーキャディーのなかは小箱になっていて、違う種類のお茶が入るようになっていて、中央にはお茶を混ぜるブレンディング・ボウルというガラスの器が入っています。
召し使いや掃除婦に勝手に飲まれないように(笑)カギがかかるようになっている。
ところがあったのです。ぐちゃぐちゃに壊れていて、ブレンデイング・ボウルはなく、フタの蝶番は壊れ、Keyはミッシングしており、表面は水をかぶって白っちゃけていました。小箱の中の錫のキャニスターは錆びて「ホコリ」のように崩れていて、もうどうしようもなかった。
それでも「4万円」と言われた。「これが?」と、ののしりあうこと15分。3万円にしてもらった。
たしかにいまや伐採を禁止された18世紀のブラジリアン・ローズ・ウッドの、かなり良いものでした。
すべてバラしてきれいにした。ちぎれた蝶番はどうするかな、と思案。古い金属フレームの眼鏡を直している職人さんにロウ付けで直してもらった。
困ったのはお茶を入れる箱部分。錫でつくるのは容易ではない。これは思わぬ解決方法がありました。ギターの職人に水気や湿気を通さない目の詰まった木で(南米黒檀のようなもの)でピッタリ合う中箱をつくってもらいました。
外側の木部は自分でニカワを使って剥がれているところを直し、白いところを処置して見えなくして、ビーズワックスで磨きこんで昔から使い込んで年月を経たようになりました。
箱の蓋の内側には当時は紙が貼ってありました。18世紀の紙などそうあるものではない。考えた末に行ったのは、親しかった製本屋の親爺のところ。
「30cmかける20cmぐらいでいいんだが、18世紀のマーブル紙ないかな。」
「ああ、たしかそのへんにkicking aroundしてるな。」
「これは?」
「いいよ。もってって。いい奴を選ぶな。忠告しとくが、それは信じがたくレアで高いぞ。」
「いくら言う?」
「そうだな。ビール、ハーフ・パイントだ。」
さて、残りはブレンディング・ボウル。相手はガラスですから、ほとんどが欠けていたりヒビが入っていたりする。
「何か無いかな。」
と英国での骨董のお師匠Gに訊く。
「ああ、嫌なやつじゃが、エドガーがいくつか持っていたな。」
「高いこと言うかな。」
「15ポンド以上のことを言ったら帰ってこい。あやつがそんなに高く仕入れているはずがない。」
「欠けているのをよくみるけど、どうだろう。」
「欠けているところを擦って削り落として磨いてしまえばいいじゃないか。どうせブレンデイング・ボウルは3分の2以上箱の中に入っていて、全体のプロポーションは見えやせん。」
「削ったところが白くならない?」
「カットグラスは削った後、コルクで磨くんじゃ。同じようにやったらいい。」
かくして、4万円ほどで完品になりました。18世紀に南米産のローズウッドの箱に紅茶を入れて、茶を喫するなど、なみたいていの金持ちでは出来なかったはず。
知り合いはリサイクル屋で真っ黒なティーポットとシュガーポット、ミルクピッチャーとお盆を見つけ、裏を見たらホールマークが入っていたと言います(ホールマークは銀無垢のあかし)。
「お兄さん、これはセットでいくらするの。」
「日本のじゃないみたいなんで、5万円です。」
「これはだって真っ黒だよ。磨いても綺麗になるかどうかわからないじゃない。磨いているうちに下地が出るかもしれないじゃないか(出るわけない、無垢なんだから、笑)。3万円ぐらいに負けなさいよ。」
「じゃあ、3万5千円ならどうです?」
彼はその場で金を払うと、逃げるように帰った(笑)。
「R&Fさん、それがこれですよ。ピッカピカになりました。しかも、裏を磨いたらトレーまでマッピン&ウエッブなんですよ。」
「そりゃー、ただごとじゃない価格でしょう?」
「調べたら、どうも160万円ぐらいするようですよ。」
「ホールマークを見ていながら、まださらに値切ったんですから鬼だな。」(笑)
そういう銀磨きだけで出来る錬金術、私もやってみたい。このあいだ英国から帰ってきた友人とも話したのですが、銀のポットは保温と熱伝導のぐあいなのか、まったく別物のように紅茶が美味くはいります。最晩年には、なんとか銀のポットで紅茶を飲んでいたいものです。
英国人はこれがじつに上手い。イタリア人もそうとう上手いですが、英国人のほうが上手い気がします。
長年このブログを訪問されている方はお気づきと思いますが、私は懐中時計でも家具でも掛け時計でも、何でも壊れているものを安く買って直しています。
「本当はものすごく良いものなのに、修理されていない、無理解な持主によって壊されている」そういうものを激安で買って、Tip top コンディションへもってゆく。自分でそれをやる場合もあるし、自分ができない部分は熟練の人にまかせる時もあります。
家具でもなんでもそれをやる。じつはしばらく自転車を離れ、そっちのほうをメインの副業にしていた時期がありました。木工のほうの工具などもひととおり持っています。一時期、製本をかなり英国で教えてもらって、そっちのほうもやろうかと思ったこともありました。
「一生の間に稼げる金額は有限」ですから、通常なら絶対手が出ないものをその手で入手することが可能になります。
また、そうやって修復したもののほうが良くなる場合も少なくないのです。
英国の紅茶はだいたい2種類の紅茶をベースにブレンドされている場合が多いのですが、慣れてくると、自分がその場で即興的に混ぜて、その時飲みたい味にすることができます。
舌がしまるようなスッキリとした味にしたければセイロンを多めに。まったりとしたまろやかさで、深みのあるフルボデイの紅茶にしたければケニヤを多めに。香り高く、透明感があって、気分がしゃっきりするようなフルーティーな味とフレイヴァーにしたいときはダージリンを多く。
小説「チップス先生さようなら」には、生徒の前で紅茶をブレンドする様子が描かれています。
そんななか、紅茶を保管するティーキャディーが欲しいと大学時代思っていました。ところが、英国で紅茶が飲まれ始めた全盛期のジョージアン期のつくりのいいもので、コンディションが良いものは、当時50万円以上しました。「紅茶入れに40~70万円出すのはいかがなものか」と、ロンドンの老舗ノーマン・アダムスの店などで指をくわえてヨダレをこらえていた(笑)。
ティーキャディーのなかは小箱になっていて、違う種類のお茶が入るようになっていて、中央にはお茶を混ぜるブレンディング・ボウルというガラスの器が入っています。
召し使いや掃除婦に勝手に飲まれないように(笑)カギがかかるようになっている。
ところがあったのです。ぐちゃぐちゃに壊れていて、ブレンデイング・ボウルはなく、フタの蝶番は壊れ、Keyはミッシングしており、表面は水をかぶって白っちゃけていました。小箱の中の錫のキャニスターは錆びて「ホコリ」のように崩れていて、もうどうしようもなかった。
それでも「4万円」と言われた。「これが?」と、ののしりあうこと15分。3万円にしてもらった。
たしかにいまや伐採を禁止された18世紀のブラジリアン・ローズ・ウッドの、かなり良いものでした。
すべてバラしてきれいにした。ちぎれた蝶番はどうするかな、と思案。古い金属フレームの眼鏡を直している職人さんにロウ付けで直してもらった。
困ったのはお茶を入れる箱部分。錫でつくるのは容易ではない。これは思わぬ解決方法がありました。ギターの職人に水気や湿気を通さない目の詰まった木で(南米黒檀のようなもの)でピッタリ合う中箱をつくってもらいました。
外側の木部は自分でニカワを使って剥がれているところを直し、白いところを処置して見えなくして、ビーズワックスで磨きこんで昔から使い込んで年月を経たようになりました。
箱の蓋の内側には当時は紙が貼ってありました。18世紀の紙などそうあるものではない。考えた末に行ったのは、親しかった製本屋の親爺のところ。
「30cmかける20cmぐらいでいいんだが、18世紀のマーブル紙ないかな。」
「ああ、たしかそのへんにkicking aroundしてるな。」
「これは?」
「いいよ。もってって。いい奴を選ぶな。忠告しとくが、それは信じがたくレアで高いぞ。」
「いくら言う?」
「そうだな。ビール、ハーフ・パイントだ。」
さて、残りはブレンディング・ボウル。相手はガラスですから、ほとんどが欠けていたりヒビが入っていたりする。
「何か無いかな。」
と英国での骨董のお師匠Gに訊く。
「ああ、嫌なやつじゃが、エドガーがいくつか持っていたな。」
「高いこと言うかな。」
「15ポンド以上のことを言ったら帰ってこい。あやつがそんなに高く仕入れているはずがない。」
「欠けているのをよくみるけど、どうだろう。」
「欠けているところを擦って削り落として磨いてしまえばいいじゃないか。どうせブレンデイング・ボウルは3分の2以上箱の中に入っていて、全体のプロポーションは見えやせん。」
「削ったところが白くならない?」
「カットグラスは削った後、コルクで磨くんじゃ。同じようにやったらいい。」
かくして、4万円ほどで完品になりました。18世紀に南米産のローズウッドの箱に紅茶を入れて、茶を喫するなど、なみたいていの金持ちでは出来なかったはず。
知り合いはリサイクル屋で真っ黒なティーポットとシュガーポット、ミルクピッチャーとお盆を見つけ、裏を見たらホールマークが入っていたと言います(ホールマークは銀無垢のあかし)。
「お兄さん、これはセットでいくらするの。」
「日本のじゃないみたいなんで、5万円です。」
「これはだって真っ黒だよ。磨いても綺麗になるかどうかわからないじゃない。磨いているうちに下地が出るかもしれないじゃないか(出るわけない、無垢なんだから、笑)。3万円ぐらいに負けなさいよ。」
「じゃあ、3万5千円ならどうです?」
彼はその場で金を払うと、逃げるように帰った(笑)。
「R&Fさん、それがこれですよ。ピッカピカになりました。しかも、裏を磨いたらトレーまでマッピン&ウエッブなんですよ。」
「そりゃー、ただごとじゃない価格でしょう?」
「調べたら、どうも160万円ぐらいするようですよ。」
「ホールマークを見ていながら、まださらに値切ったんですから鬼だな。」(笑)
そういう銀磨きだけで出来る錬金術、私もやってみたい。このあいだ英国から帰ってきた友人とも話したのですが、銀のポットは保温と熱伝導のぐあいなのか、まったく別物のように紅茶が美味くはいります。最晩年には、なんとか銀のポットで紅茶を飲んでいたいものです。