たまたまウィングナットのことを訊かれたので、ちょっと出しておきます。
自転車の車輪を取り付けるのに、工具が必要なナットを使わずに、チョウネジを使う場合がありました。
1970年代の前半までぐらいは趣味の自転車にけっこう使われていましたが、アメリカでバイコロジーブームが起こるにつれ、『車輪がはずれやすくて危険だ』と言う声も上がり、しだいにクィックレリーズ式のハブに駆逐されました。
フレームへの固定圧力はクィックレリーズの方が高い。
しかも、ウィングナットは定期的に緩みをチェックし、座金のヒビなどを調べる必要がある。
いわば『自己責任部品の権化』のようなものですが、私はそのたたずまいが実に好きなのです。
最初は、円形の水道の元栓のような感じのものでしたが、あまりに重いと言うことと、緩んでいるのが気が付きにくい。2方向に出ていれば、角の位置が変わっていれば、緩んでしまったことがわかる。
そこで出てきたのが丸棒を入れて溶接した『トミーバー式のウィングナット』。これも大変コストがかかる。そこでやがて鋳物で一気にカタチを作り、ネジを斬り、座金ワッシャーをかしめて留めるという3ステップでつくられるようになった。
このウィングナットには「時代の顔」がある。1920年代ならトミーバー式。20年代中頃から30年代初頭ならスクリュー型のもの。
30年代半ばを過ぎると、軽量化の穴をあけたものが多く出てくる。
もうひとタイプは、親指と手のひらを使ってゆるめたり締めたりする、英国特有の左右非対称型。
フランク・パターソンはスクリュー型を好んでいたようで、絵にはよくスクリュー型が出てくる。
カタログからの絵は1940年代のラレーのレコードエースのウィングナット。「R」の文字がウィングナットに図案化されて入っている。
フランスでは『蝶ねじ』なので『パピヨン』と言われています。
訴訟大国アメリカがマーケットの中で大きいので、安全性の観点から、たぶん、今後はますますウィングナット式のハブは見かけなくなるでしょう。
実に濃厚なヨーロッパの風情とエレガンスがあって、私は抵抗できないんですが。
ウィングナットは使いっぱなしに出来ません。イザというとき、シャフトとウィングナットが固着して、回してもシャフトと一緒にグルグル回って、片側しか緩められなくなることがある。そうなるとホイールがうまく外せない。
常にハブシャフトを綺麗にして、スムースにウィングナットが抜けるようにしておかないといけない。
ネジの変形があったらダイスを通しておく。ワイヤーブラシで無用なグリスや泥のこびりつきを落としておく気の使い方が必要です。
その意味において、ウィングナットを事故なく正しく使うということは、常に気を抜かず整備して日々乗ることにつながる。ナットやクイックシャフトなら、そのまま何か月も点検せず放置するのではないか。
ウイングナットの場合、私は乗り出すたびに締まり具合をチェックする。それが儀式としてためになる。
トゥリョ・カンパニョーロがウィングナットが外せなくて優勝を逃し、それがクィック・レリーズの発明の元となった話。じつは手がかじかんだのではなく、雪がこびりついて固着して外れなくなったのではないかな?と昔から考えていました。
ハブシャフトのネジ山に氷が詰まって、シャフトとウィングナットが一緒に回ってしまって緩められなくなったことが、私には実体験である。
手がかじかんでいても、ウィングナットは手のひらで回せますからね。