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Channel: 英国式自転車生活
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節操なき世なれば

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「このところ天膳殿はあまり陽気ではござらんな。」
「左様。あまりに憂うべきこと多き世なれば、それもいたしかたのないこと。」
「楽しめぬ世になったと。」
「うむ。なかなか善意で動かぬ世になったような気がする。気が付いたやもしれぬが、余の友人登録からひとり消えておろう。どうも機械を乗っ取られたらしい。おかしい輩の名が出たので斬り捨てた。この世知辛い世の中、一人必死で子育てをし、大病をし、電頭機械も壊れたのち、臥せっておった場所を乗っ取り、なりすますとは、なんたる不埒であろうか。電頭世界など所詮そのようなものだ。くだらぬ。」
「天膳殿はこのまま続けるおつもりか?」
「やがてはやめようと思う。すでに充分目的は果たした気がする。実体のある世界でのみの活動へと、軸足を遷したい。」

「電頭世界はお嫌いか。」
「どうも、そのようだ。じつはそうした悲哀をあまた見た。仮想電頭界で知りおうたにょにんが悪性の腫瘍をわずらってな。その人には赤子がおった。『自分の日記が夏の後で更新されなければ、それは自分が腫瘍に負けたことと思ってくだされ』と電子矢文がきた。そして、その方の赤子がある年齢になったら、世界に出てゆける息子となるように諸外国を知る余に指導してくれるようにと頼まれた。余は承諾したのだが、しかし、その人の本名はわかっておっても、家人の誰も彼女の電頭機械を開けることができぬらしい。どうにもその先がつながらぬのだ。」
「それは、ゆゆしきこと。約束も果たせぬではないか。」
「そういうことだ。誰しも『明日、意識がなくなるやもしれぬ』ゆえ、油断はならぬ。かつて双輪名美を創刊せしおり、衣装一切合切を手配してくれたゆきえ殿がみまかりし時、1年間以上の長きにわたり、『彼女の動く写し身が電脳世界に浮遊』しており、余はなんともやりきれぬ思いであった。一方で悪意は渦を巻いているようにみえる。」

「して天膳殿、瓦版によれば、江戸市中でもっとも『ぴいえむ二・五』の最も濃度が高い三十箇所のうちのひとつに天狗堂が含まれておったそうな。あのような場所でそのような数値とは拙者は意外であった。」
「まこと、余もそれを聞き及んで意外に思った。しかし、あのあたりの丘陵地帯では低いところでは盆地のようであるから、それも不思議はない。天狗堂の大僧正はその雲を踏んでゆく、というから、毒霧からは遁れておるのではないか?あの地は古くは『鶴ヶ峰』と呼ばれておった地ゆえ。」
「聞くところによると、その大僧正は天狗に遷化せられたとか?まことでござるか?」
「ははは、知らぬ。知らぬ。昔は一揆などを起こす時、首謀者が代官に見つからぬよう、なんでも天狗の仕業としたものだ。そのたぐいなのではないか?天狗堂に執事がおるやもしれぬ。おらぬかもしれぬ。それは余のあずかり知らぬこと。」
「うーむ。なんでもその鶴ヶ峰に今年は鶯も目白も来ぬと聞く、よもや天狗様もおらぬのではないか?」
「心配めさるな。今はちょうどやおよろずの天狗が欧羅巴で集会している。たしか今週末に散会だ。しかし、余は天狗堂に黒塗天狗がおるのを知っている。」

「しかし、鳥たちのことは気になり申す。」
「余も気になっておる。『ぶらぶら病』というのを知っておるか?」
「いや、存ぜぬが、それはいかなる病か?」
「『ほうしゃの毒』にあてられしもの、力が抜け無気力になる病のこと。かつて『ぴ華曇』の毒雲立ちしあと、多くのものがその症状が出た。鳥たちは空を飛ぶというたいへんなことをいたしておる故、その影響はたちまちに、移動できなくなる、ねこやイタチに獲られるということになろう。これは実際わからぬ。こればかりは、我らが何としてもわからぬこと。鳥に聞いてみるより他あるまい。」
「気が晴れぬ理由がいくらかわかった気がしてござる。」
「さようか。しかし、今日の空は青かった。余の心はいくらか上向いておるのだ。それより、お茶は足りておるか?」
「お気遣い無用。それより、お手前が天狗堂で『執事』をしておるという噂はまことであろうか?」
「ははは。それは余にもわからぬ。天狗が誰かの身体を借りているのかもしれぬ。そうでないかもしれぬ。余はただ自分の役目をいたしておるだけだ。経典にあるではないか『その実体無し。ただ衆生の心象に生きたもう』とな。だから、黒塗天狗は不死身なのだ。」

二人はあわぜんざいをたいらげ、二杯目の櫻茶を所望したのであった。

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