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Channel: 英国式自転車生活
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人生サイクリングは一本道

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今朝、友人からメールがありまして、いろいろと考えることがあった。そのメールは「こけしの友人とは別の友人」なのですが、彼女に20年ほど前、ミゲール・インデュラインの故郷、パンプローナを案内してもらったことがある。

その時は、フランシスコ・ザビエルのいた修道院や中世の色が濃いサラゴーザなどを自転車でめぐった。

日本から仁さんの白いロードレーサーを持って行った。
「スペイン、いいねぇ。ガウディのあのトカゲのモザイクみたいなとか実にいいねぇ。」
と仁さんが言うので、じゃあ、それ用に一台作って、と航空輪行で持って行った。あれは貴重な体験でした。

仁さんが『ガウディとうちの自転車の写真撮ってきてくださいよ』というので、グエル公園まで写真を写しに行った。あいにく、カメラのフォーカルプレーンシャッターが現地で不調になり、フィルム1本しかうまく撮れませんでした。

あのころは、仁さんは『セミマスプロ』と思われていて、過小評価されていて、応援したいと思ったこともあった。雑誌にも記事が出て、その車両はヨーロッパで、アメリカの自転車関係者にも見せて、アメリカでの知名度を高めるのの下地作りも、そのとき私がやった。

「聞いたことがないブランドだ。Tや3Rは知っているが。」
「これは3Rの兄のもので、溶接は3RのYKよりはるかに巧いよ。」
ずいぶん説得、広報に努めた。

スペインへは英国から自転車を持ち込んだのですが、そのままスペインへ残してきた。そのスペインの友人はインデュラインと同じ村の出身だったので、自転車は彼女にあげた。通勤に使い、ずいぶん多くのマニアに『譲ってほしい』と言われたそうです。

その彼女も最近腰があまりよくないので、ロードレーサー通勤をやめようと思う、という話でした。
『改造ができるものなのか、あるいは交換することが可能か、誰かほかの私の友人に譲るのが良いか?相談したい』
という内容のメール。年月の経つのをしみじみと思う。

仁さんの白いロードレーサーで、インデュラインのイエロー・ジャージの飾られたファンクラブの本部のカフェへ乗り付け、表へ自転車を停め、中で一服、などとやっていた。

中学生の時からロードレーサーに乗って、ウン十年乗り続けたから、もういいかなという思いもあって、徐々にロードレーサーから遠ざかった。

いまから考えると、スペインへロードレーサーで走りに行ったという事実が我ながら信じられない。一方で、彼女の方も歳をとり、ロードレーサー適齢期を過ぎているのも、私はいつしか忘れていた。

「◎◎◎に8月会うんだろう?◎◎◎の息子にあげれば良いんじゃないかな。彼はあと3年ぐらいで乗れるだろう。彼も自転車が好きでよく乗っているらしいから。君の替わりの一台はつくってあげるよ。」

このあたりは金額の問題ではない。形見みたいなものだ。

彼女も4分の1世紀以上の友人。過去の記憶はそのままとして、おのおの人生の道を先へ進めて行く。剥落してゆく友人もいれば、残る友人もいる。それは、その人の人生だから、残る人が残れば良い。

こどものころ、芝生の上で目隠しをして真っ直ぐ歩く遊びをやった。目隠しをとってみると、ずいぶん歩いた道が曲がっているのに驚く。人生も同じかもしれない。一時期同じ道を歩いていた人がどこかで曲がって、見えなくなっていたりする。

私は後戻りして、見失った人を探すことをしない。それはその人の考えで行くんだから。私の交友で残っている人の9割が職人と芸術関係の人であるというのはたぶん、職人の世界と芸術の世界では、多くの人が生涯同じ道の上にいるからだろうと言う気がする。

いっそううがった言い方をするなら、それは『趣味』でもない。苦痛も少なくない趣味など趣味として成立しないだろう。

私も28号とか、それだけを作ってこのまま余生をつつ走れば、それは『お仕事』。休みの日にひまつぶしに自転車に乗っていたり、運動するだけならそれは『余暇・趣味』だろうと思う。

自分にとっての自転車は、そのどちらでもない。

ここ2週間ばかり、自分は次の自転車の試作図面を引いている。

それが28号ほど、バルケッタほどよくないものになるなら、それは私がこの8年で進歩しなかったということだ。自転車の解答はひとつではない。

自動車の運転のゲームで、自分が動いていなくても、画面上のコースがどんどん動くように、いつまでも同じコース、同じことをやっていて、ルーティーンになると私は退屈する。出来上がるものもよくならない。枕の上で冷たい場所を探すことが必要だ。

同じ服ばかり着ていると、肘が抜ける。精神もまた同じなのではないか?不可逆であり、その場足踏みもまた退屈なら、先へ歩くのが正しいと思う。それをやらないかぎり、同じものを作り続けることはできない。べつのことを並行してやってみて、はじめて前の仕事がよりはっきりみえることもある。

原三渓が、或るライバルコレクターが買った日本画をたいそううらやましく思い、その作者にまったく同じものを描いてもらったことがあった。

『どう見ても本人が描いた偽物だ。やはり絵画は一点ものだね。』
と言った。これはゴッホのひまわりですら、最初の一枚にはかなわない。本当は職人の作るものもすべて同じだと思う。

同じことを同じようにやっていたら、同じものを維持することもできない。人生は前へ流れて行くものである以上、これは避けて通れない問題だと思う。

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