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野坂昭如氏逝去

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私の若いころには、他の人はどうだかわかりませんが、「お手本のようなおとなの型」がいくつかあった気がする。

「歳とったらどういうおとなを目指すか?」

「いつかは蔵雲」に代表される山村聡のような中年のパターンがあった時代に、異色の存在として野坂氏は登場した。私の場合「斜に構えた変わったおじさん」というのが第一印象だった。

じつは野坂氏も青年時代、下高井戸でたまにお見かけした。下高井戸にはコロッケのうまいHOTTAさんの店があり、そこでは昔ながら、昭和30年代からあまり変化していない感じでたまごなども網に入れて売っていた。

古本屋をひやかしたあと、そこへ仲間とコロッケを買いに行った時、バッタリと野坂氏と出くわした。小林さんとお茶の水で会った時も「アッ!コバヤシショータローだっ!」と呼び捨てにしましたが、その時は苗字だけで「アッ!野坂だっ!」と呼び捨てにしたのでもっと悪い。

トレードマークの黒メガネの奥でこちらをちらりとみて、かすかににやりとした。それはサングラスをかけたイメージとは違った、むしろ柔和な感じであった。

野坂氏を知っている人たちの多くは、マスメディアを通じてで、実際に彼の本を読んだことがある人は少ないのではないか?

私も彼の作品はほとんど読まずに過ごした。ある時、彼が田中角栄に対抗するために立候補した時、私はまったく野坂氏に対する評価をあらためた。いまの日本の政治体質の基礎を固め「我々は地球の彫刻家だ」と公言していた田中角栄に、真っ向から立ち向かった姿は意外だった。ドン・キホーテのようだと思ったのと、コピーが若者受けしないだろうと感じたが、密かに応援していた。

その時、戦中派の人たち何人かに訊いたとき、「いや、我々の世代には彼の言っていることはよくわかるよ。黒メガネなんかかけて、世の中を斜めに見ているような風をしているが、根は人道家の正義漢だと思う」と言うような答えが多くあった。

けさの新聞の1面に五木寛之氏の追悼文が出ていました。そこには「無頼派を演じた」とありましたが、私は「演じてはいなかった」と思う。

若いころ、私が「おとなはやっぱり違う」という底ぢからを感じさせた作家に、柴田錬三郎がいる。彼もバシ―海峡を戦時中漂流し、絶対助かりっこない状況下で生還した人ですが、社会的な問題などになると「シバレン」と野坂氏は、腹が座ってものすごい深みからマグマがあがってくるような、パワーを感じた。

シバレンがある時、テレビで核兵器だの核シェルターなどを持とうとする奴らは大馬鹿野郎だ、1年も2年もこもっていなきゃならない状況になったら、空気も水も汚染されてダメんなっちゃうんだろう?田んぼや畑なんかどうするんだよ、そんなものに高い金使ってくだらねぇ、と吐き捨てるように言ったのを思い出す。

私は野坂昭如氏は腹の底から無頼であったと思う。それは彼の最晩年の『シャボン玉日本』でもはっきりつらぬかれている。何かにすがっている姿はまったくない。

だから、野坂氏は五木寛之氏のように「仏教マイブーム」とも無縁。「昔、自動車に凝ってレースにまで出ていたとき、、」などとは決して書かなかった。若いころ五木氏は東欧へ行き、貧しい国の、若いカップルに、彼女のヌードを撮影させろということをやったエッセイを書いていたのを私はいまだに忘れられない。

あの時以来、「ああ、この人こういうこと言えるんだ」と五木氏の書いたものは読まなくなり、無頼派の野坂氏に共感するようになった。

水木しげる先生が、戦記物などを描いていると、やたらにむらむらと怒りがこみあげてきて、これはなくなった戦友が描かせているにちがいないと思う、というようなことを書いていた。野坂氏にはそれと共通したものがあったと感じる。

野坂氏の『義憤』というものは、私は坂口安吾の直系であると考えている。彼ほどの生粋の無頼派はいなかった。野坂氏の坂口安吾に関する文章を読むと、感心する。「終戦日記を読む」などの著作もあることだし、どこかの大学で戦後文学の客員教授ぐらいやってもよかったのではないか?。そういうところで若者に彼のスピリットが伝わればよかったのにと残念でならない。

その「シャボン玉日本」のカバーを外すと、中の表紙に、彼の眼が眼鏡越しに見える大きい写真が載っていた。「ああ、下高井戸でサングラスの下に見えたあの眼だ」と思った。こころよりご冥福をお祈りします。

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