なげしの祓いが明日に迫り、天善は何が何でも武蔵総社に行かねばならぬと出かけることにした。
ひとたび馬に乗ってしまえばよいのだが、降りるときと乗るときはずきんとくる。坂道でもずきんとくる。
しかし、鉄軌道の駅より歩くことを思うと、神楽殿の裏手まで馬で行くのが正解に思われた。できる限り坂道を避けようと、川沿いを行くが、途中、大車を避けて曲がりそこね、そのまま行くと、珍しく畑の中で道に迷った。
こちらの方角と目星を付けると、向うにえのきの巨木が見える。後ろから見ると盛り上げてあって、天善は、「はて?こんなところに1里塚があったものかな?」といぶかった。
正面にまわってみると、横に長屋があった。
「こ、こ、これはっ!三千人塚ではないか。」
以前来たときは、反対方向から来たので最初は気が付かなかった。
掘れども掘れども骨が出てきて、古来よりHAKA-場として有名であった。地元の人は、大根や人参が人の形になると、食べずにここへ供えた。
「たしかに、それは人の一生の一里塚かもしれぬが、一休宗純の言うように地獄への一里塚であろう。ここへ足が向くとはかなり運気が弱まっている。」
天善は先を急いだ。
武蔵総社に着くと、ふと思うところがあって、表で御籤をひいた。「きょう」であった。何十年ここへきていて初めて出る「きょう」。
「やはりな。大祓に間に合ってよかった。」
天善はかやの輪をくぐり、社務所で手続きをすると、式神を用意し、お参りを済ませ、お守りを一つ求めた。そして、「きょう」の御籤をお祓い所の紐へ結びつけた。
「これで、まがまがしきことは結び付けて捨て、まつわりつくよからぬことは祓った。あとは、闇夜に五寸釘やる狂人あらば、その邪悪なるちから、その者自身のところへもどれ!」
本殿の太鼓が鳴る。頭上で鈴の音とともにこんじきの光が降ってくる気がした。
「これでよい。」
さて、天善は、帰り際、再度御籤をひいた。今度は大吉が出た。そこには大吉にもかかわらず「養生せよ」とあった。流れは変わった。
「まことに、源、北条、足利、徳川、歴代のつわものが神領地を寄進しただけのことはある。」
鳥居の外で、天善は深く一礼した。
帰ると、天狗堂に一通の書状が届いていた。賀茂御祖神神社より、遷宮の修理復興費への礼状であった。
「うむ。早く治し、あちらへも詣でないとならぬ。」
運は「運ばれてきて」、自らも「運ばれる」。危うき一里塚からのがれでられ、切り返した実感を得た一日であった。