いまから40年ほど前の話。Zファーの自転車に乗る機会がありまして、う~~~~んと唸った。乗り良かった。車輌はシルヴァーZでした。それまで自分が乗った宮田とも富士とも関根とも光やゼブラともBSスーパースピードやダイヤモンド、ノートンとも違っていて正直、カルチャーショックにやられた。
自分の仁さんに作ってもらったものとは性格がきわめて違っていました。
まったりと乗れて、しかも走って重くない。ハンドリングも神経質でなく、しっとりとしていました。その当時、故太宰さんなどは、「あれはオーダー車でなくて、フルチョイスの車で、『セミオーダー』というべきものだ」言っており、他のショップでもそういうコメントをよく聞かされました。
実際のところ、私とほぼ背格好が同じ人が、9.5kgのパターソンズ・ハウス(太宰さんのブランド)の肉抜きしまくった蘭ドナーに乗せてもらいました。ピンと来ず。「ちょっと違うな~」と思った。自転車が神経質すぎる感じ。
当時は知りませんでしたが、あの時代、PHのフレームは仁さんがやっていた。仁さんと太宰さんは喧嘩別れしている。
「軽いからって、太宰さんはデュリホルトとかヴイチューのフレームチューブを持ってきたんですが、デュリホルトはも~、狂いまくっている。定盤のうえでのたうってころがるくらいだったんですよ。ヴイチューは作りやすい。フォークなんかでももう、思い通りに曲げられる。ショーなんかに出すのを作るにはもってこいですよ。じつに思ったようにきれいに曲がる。だけど、乗ってるうちにフレームもフォークもダレてくるんですよ。あれはフレーム材料としてはダモノだよ。」
との仁さんの話。
ハンドビルト・ショーの時、私と仁さんが一緒に会場から出てくるとき、エレベーターで太宰さんとバッタリ会った。頭に浮かんだことは2秒後には口に出している仁さんが、「あっ!太宰さんだ。まだ生きてたんだ。」太宰さんは「死ぬ時はオマエも道連れにしてやる。」そういって、エレベーターに乗ってす~~っとドアが閉まった(笑)。
その当時、Zのおじいちゃんが「世界最高の部品を組み合わせても最高の自転車にはならない」と繰り返し言っていましたが、当時は頭ではなんとなくわかったつもりになっていたのですが、わかっていなかった。
たまたま自転車の仲間がオーダーしたいと言う話になって、私とほぼ身長も股下も同じ仲間と2台つくることになりました。私は私の考えるとおりオーダーした。彼はZのおじいちゃんがすべて決めた。価格はわたしのものがほぼ2倍しました。
ところが、半分の予算でつくった彼の自転車のほうが乗りよかった。
あれは人生最初のショックで、以後、多いに反省して、設計のことをより深く考えるようになりました。
実際、Zのおじいちゃんには予言をされていた。オーダーシートを見て「まあまあだが、『普通のオーダー車になるぞ』。俺の作ったもののほうが乗りいいぞ。君の身長なら、ここにあるブルーのものがサイズが合うじゃないか、同じ650Bでナベラグも同じだ。サイズも君の書いてきたのと5mm違わないが、そのぐらいは許容範囲だ。『これがいい。オレはこれを買う、このまま乗って帰る』そういう風には考えられないか?」。
若気の至りです(笑)。出来上がってから後悔した。そうすればよかったと思った。
そうオーナーが思っているモノは、モノにもこころが伝わるのではないか?その自転車8ヵ月ばかりで、カギをかけていたにもかかわらず、ビルの中に入っている5分ぐらいの間に盗まれてしまいました。
いまではあまり聞きませんが、昔はフロントフォークだけを作り直す人が少なからずいた。同じ太さのタイヤでもリムが変われば太さが変わり、コーナリングフォースが変わる。同じ太さでもメーカーが変わればコーナリングフォースが変わる。「どうもハンドリングがしっくりこない」と言う場合にオフセットの違うフォークを作り直したものです。
後年、英国の名車BATES B.A.Rを手に入れたとき、英国最高のチェイタ・リーのクランクを入れた。1週間ではずしました(笑)。BATESはカンティフレックスという葉巻型のきわめてねじれに強い特殊なチューブを使っています。フレーム自体がなみはずれて固い。そこへ固いチェイタ・リーのクランクが入ると、膝に来る。そこでしなやかなウイリアムスのC1000に入れ替えました。そうすると、フレームのトラッキングラインはシャキッとずれず、矢のように走る。しかもペダリングのりきみはウイリアムスC1000がみごとに吸収する。クランクを交換してりきみを吸収する部分が出来たおかげで、直進性ははるかに向上した。
最高級の部品の組み合わせが最高級にならないほんの一例です。
こういう話は1960~1970年代のオーダー全盛時代には理解してもらえたことでしょうが、雑誌の耳年増、ネット情報の断片の集積、スペック重大視主義ではなかなかわからないことでしょう。
自転車と言うのはなかなか難しい有機体です。
写真はBATES B.A.R.クランクはウイリアムスC1000.この車輌、フレームのみから、当時の人間に英国で話を聞き、ここまで組み上げたものです。ステムまでラグと揃ったベイツは日本ではもちろん英国にもまずありません。このリムはコンストリクター製で軽いですが、ダブルコンベックス・アイレットになっていないので、想定乗員体重は65kgほど。アルミの皮一枚です。製造時から80年ほど経っているので、英国でみる中古はほぼ90%スポーク穴にヒビが入っています。このベイツも「サイズはこのくらいだろう」ということで買ったものですが、オーダーで細かく言う必要が無いくらいしっくりきました。その調整のためにピラーやステムが上下できるわけですから。