「天善殿、天善殿、何を考えておられるのか?」
「いや、この國の行く末をな。過去、長州者が跋扈するとろくなことがなかった。歴史は繰り返すようだ。」
「ろくなことがない?」
「左様。会津を落としいれ、辛酸を舐めさせ、女人を見れば『殺すな、生け捕りにしろ』というような畜生働きをなした藩だ。御一新のあとは不当に彼らを卑しめ、東北の県名ですら旧藩に関係する名称は使わせなかった。やがて軍をつくり、そうした野蛮なる武士道なき者等を大陸へ送り込んで、この國の評判を貶めた。そして、それまで1千五百年年以上存在しなかった國のために死したものは神になるというような新奇な教えで、新たなる道へ数知れぬ若者を送り込んで、勝ち目のない戦で死なせた。それもまた長州のなしたこと。大いくさのあと、妖怪跋扈して、誇り高きこの國を病米利加の犬となした。民の封殺のために『ぼうはちもの』まで使った所業を余は忘れぬ。いまやその孫が、秘密洩らしたるものは十年間の伝馬町送りだという。しかも、その秘密とはなにか?という定義は示されぬ。これほどの悪政があろうか?」
「まことに。これはかつて来た道のようでござる。」
「今、相馬藩のこどもたちの喉の腫瘍の率が露西亜の『にがよもぎ』の率を上回っておるのは知らされておらぬ。これも秘密にされる虞がある。毒壺のなかで融けた『象の脚』は見れば数日で死ぬと言う。それが取り出す手だてがないとなれば、これも秘密となろう。そこから漏れる穢れ水が深刻とあれば、諸外国に知られれば、その補償で国倉が破綻するとなれば、これも機密となろう。」
「まことに憂うべきこと。」
「いつも思うのだが、先の大いくさの時、民はいくさをあの大国とすると知っていたのであろうか?お手前は習った記憶があるか?」
「いや、存じませぬ。」
「知らされていなかったと思う。」
「まことに。民の常識を離れて國が運営されかねぬ。毒壺大破裂の時も、民はあの全体主義国家露西亜での事故のときよりも何も知らされなかった。この国は全体主義国家以下ということでござるか。」
「かくも性急にことを運んだ背景には、病米利加國から全世界盗聴からくり『江守論』の一部を使わせる取引があったのだと思う。それは清國の間諜を探すには効果があろうが、阿部之守はその使用範囲には小浜と違って限定を示さなかった。小浜は自國民には使わぬと申していた。今後は毒壺のしりぬぐいを、それで甘い汁を吸ってきた者、ひき起こした者たちを不問に付し、民よりの年貢でまかなおうとするだろう。情け容赦のない年貢の取立てにそれらも使われるであろう。盗み聞きで金の流れはすぐわかる。かつての旧東独逸國の『しゅたあじ』なみの國民監視統制國家になる可能性をはらんでいる。」
「ただただ腕組みをするしかありませぬな。」
「いまや阿倍之守は毒壺を諸外国に売り歩いておるが、そこから出た毒物は我が国が引き受ける約束であるようだ。それを蒙古に押し付ける気でいる。これも我が國の末代までの辱だ。」
「それなら、推進する彼の地元、長州に毒壺から出た汚物も、壊した毒壺も埋めさせるべきでござろう。」
「ははは、まったくその通りじゃ。そういうごり押しする人間をまつりごとの場へ送り込んだ者たちが引き受けるべきであろう。」
「いかにも。民が嫌がれば、阿部之守御自身の屋敷の下へでも埋めるがよかろう。」
「それが理屈というものであろうな。もし、彼らが『どうせ住めないのだから』と数ヶ月前に失言したように、それを会津や相馬などの諸藩に押し付けるようなことをなせば、余は決して赦さぬ。」
「天善殿はお身内に士官学校を出た方がおられるとか。拙者の祖父もまた士官学校を出ておりまする。」
「清衛門の父親もそうだ。おおよそ最も右と思われる家の者がこぞって長州のやりかたに反対なのが興味深い。毒壺をごりおしして再び火を入れようなどと言っているのは、みな目先のそろばんしか見えぬ老人たちだ。幕府の者たちでも若い者たちは再点火に反対だと聞く。いまは幕臣ただ一人の反対、老中獅子丸殿を応援するのがよかろうと思う。この浮かれ景気もあと半年ぐらいで失速しよう。そこでこの悪政を葬る勝機が来ると余は睨んでおる。今宵は阿蘭陀國、独逸國、英吉利國、などから我が國の秘密諸法度制定を危惧する連絡が電脳八万世界を通じて余の元に届いた。まったく不甲斐ないことよ。知らぬはこの國の民ばかり。」
「呆けて阿部之実楠などとつまらぬ期待をしてておる場合ではあるまい。会津っぽの言葉でいうなら『にしゃらもそけてねーで』徹底的に戦う決意が必要でござろう。」
「まったく『ごせやげる』世の中というほかない。」